執筆作業

小説を投下する場所

うんこマン・レジェンド 37話目 得体の知れない敵

怒りで頭に血が上る。あの誘拐紛いの恐ろしい所業が薬袋の仕業だったとは。

俺の薬袋への認識は気に食わない隣人から倒すべき敵になった。

同時に得体の知れなさを感じる。俺を気絶させたのは薬袋だとしても気絶した俺を一人で運んだとも思えない。

複数の仲間がいると考えた方がいいのだろうか? ボクサー崩れ一人と闘う想定でいたが前提が間違っているのかもしれない。

ハッと気づくとホームレスのおっさんがこちらを凝視していた。俺が急に怖い顔になっていたからだろう。

「誰から買ったか聞けたからパンツはいいよ。おっさんに迷惑かけてごめんな」

ホームレスのおっさんは毒気が抜かれたような声で言った。

「よくわからん奴だな……パンツが何か重要なのか?」

事情を知らなければパンツに異様なほどこだわる変な奴にしか見えんわな。

「いや悪かった。それだけ聞ければよかったんだ。ありがとう」

俺はおっさんに礼を言ってその場を離れた。

家に着いてすぐに界面活性剤と潤滑剤のことをネットで調べた。やはり溶けるようだ。

調べているとこの組み合わせは米軍が開発・運用している非殺傷兵器のカテゴリーの中で不行動化兵器というものに当てはまるらしい。

要は地面をツルツルにしてすっ転ばせたり立てなくしたりして行動不能にする兵器の一つのようだ。

薬袋を打ち負かす策も考えなければならないが、おそらくいるであろう仲間の存在が気掛かりだ。

さてどうやって炙り出すか……頭をひねって考える。

 

 

 

 

うんこマン・レジェンド 36話目 小事件の犯人

公園から帰宅する途中、一台のバイクが猛スピードで道の真ん中を通り過ぎた。道の端を歩いていた俺はバイクに乗っている茶髪に見覚えがあった。薬袋だ。後ろからパトカーに追いかけられている。真昼間から暴走行為……つくづくワルだな。

まだバイク免許を取得できる年齢ではないから、無免許運転か。危ない。

見ているとバイクは小さな橋を通り過ぎて河原の横にある狭い堤防道路に入った。あそこはパトカーでは追跡できないな。

そのまま堤防道路をグングン進んで薬袋のバイクはやがて見えなくなった。

パトカーは一旦追跡を諦めたようだ。白バイあたりに救援要請しているのだろうか。停車している。

それにしても暑い。家に帰る前に川で足でも冷やすか。俺は堤防にある階段まで行って河川敷に降りた。川の水は冷たかった、が日陰じゃないので涼しくはならない。今日は日差しがキツい。

橋の下なら涼しいだろうと思ってそちらを見るとホームレスの住処になっていた。

ビニールシートと段ボールの家。ビニールロープが張ってあって洗濯した衣服がたなびいている。ほとんど薄汚れた衣服ばかりだが、綺麗なトランクスもある……ん? なんか全部柄に見覚えがあるパンツだ。まさか。

ホームレスのおっさんがビニールシートと段ボールの家の中から出てくる。おっさんがちょうど洗濯物を取り込んでいるので聞いてみることにした。

「なぁおっさん。そのトランクスってどこで拾ったんだ?」

ホームレスのおっさんは無視。

「おっさんが話さないなら今橋の上にいる警察に言うよ? そのパンツ俺のだから」

ホームレスのおっさんが俺の脅しに振り向く。かなり機嫌が悪そうだ。ちょっとマズいか?ホームレスのおっさんは怒気を孕んだ声でこう言った。

「このパンツはなぁ……買ったんだよ! 一枚五十円でな! 前使ってたパンツが穴開きになって困ってたからな」

泥棒扱いされる謂れはねぇよ! と吐き捨てるようにさらに言った。

「買った……? 誰から?」

おそらく瀬元達がこのホームレスのおっさんに売ったんだろうが、一応橋の上を見ながら言う。ホームレスのおっさんが発した返答は驚くべきものだった。

 「さっき通り過ぎてったバイクの兄ちゃんからだよ……あの時タバコ代の足しにするからとか言ってたぜ」

は?

 

うんこマン・レジェンド 35話目 シャボン玉

コンマ一秒よりパンチを遅くする。足が滑って踏ん張れないなら下半身の力を拳に伝えるのは難しい。

仮に薬袋が時速四〇キロメートルのパンチを打てるとしても……腰の回転と足の踏み込みがない状態の体重が乗っていない手打ちのパンチではせいぜい時速二五キロメートルくらいが限界だろう。

時速二五キロメートルのパンチなら拳から顔面まで八〇センチメートルの範囲で到達時間はおよそ〇.一一秒。コレならギリギリ反応はできる。だがパンチを避けるにはまだ色々と訓練と工夫が足らない。

 夏休み四日目。本日は快晴なり。日課の低酸素マスクをつけての五キロメートルのランニングを終えて家に戻る。初日である五日前から完走タイムが三十秒くらい縮まっている。いい調子だ。

家に戻ったら濡らしたタオルを絞って汗でベタベタになった体を拭く。干してあるスポーツウェアを着て新しく日課になった腕立て伏せをやろうと思ったら、腕が筋肉痛で痛い。昨日バッティングセンターで百二十回もバットを振ったからか。今日は休む選択肢もあったが無理矢理腕立て伏せをすることにした。十五回でギブアップ。昨日より少ないが筋肉痛は筋肉が発達している証拠だ。プロテインを飲んでからスクワットもやろう。スクワットは六十回でギブアップ。脚の筋肉は徐々に大きくなってきている。

近所の公園に向かう。縄跳びを千回やる。連続で二百回は跳べるようになった。夏休み中には千回連続で跳べるようになるはずだ。夏休み初日に見かけた親子が公園の砂場にいた。またあの子はシャボン玉を吹いて遊んでいる。そういえば初日にシャボン玉の作り方を調べたな。界面活性剤と水を混ぜるだけだった。界面活性剤は水にも油にも溶けるものらしい。ほとんどの洗剤は界面活性剤だな。

洗剤を床に撒けば足を滑らせるだろうか? そんなことを考えながらブランコをこぐ。

そういえば界面活性剤は油にも溶けるから潤滑剤にも溶けるのだろうか?

家に帰ったら調べてみよう。

うんこマン・レジェンド 34話目 発想

第二〇球目。ようやく目が慣れてきて、球筋を追えるようになった。まだ一回もバットに当たっていないが。到達時間〇.二八八秒でも素人には早すぎる。第二一球目。バットを振る。わずかだが掠った。ボールは後ろに行ってネットに当たったが、斜め上方向に跳ねた。バットに当たった証拠だ。ほんの少しずつ見えるようになってきた。ボールとの格闘が始まった。

第百二十球目を終えて結果は……合計三十回くらい掠った。バットの芯でボールを捉えることはなかった。まぁ一日目にしては上出来ではないだろうか。

三十球二〇〇円なので百二十球で八〇〇円。

このバッティングセンターは安い方だが毎日のように来てると財布が空になるな。一日八〇〇円分打つとして残り三十七日。約三万円くらいか。学生の身としては若干キツいな。

普通の学生ならバイトを探すだろうが俺の場合は五歳頃から貯めたお年玉貯金がある。

総額は約四〇万円程度だったはずだ。過去の無欲な自分に感謝せねばなるまい。この前低酸素マスクとケトルベルを買って残高が二万円程度減ったがな。

雨なので傘をさして家に戻る。

途中の道でマンホールの上をうっかり歩いて滑って転ぶ。

膝が痛い。擦りむいたか。試しに脚を曲げたり伸ばしたりしてみたが痛くはない。捻挫はしていない。日課のトレーニングには支障はなさそうだ。

しかし雨の日はマンホールは滑る。なんでかわからないが滑る。

何か引っかかる。なんだかいい発想が浮かんだ気がした。

そうか。足元を滑らせればいいわけだ。このアイデアなら薬袋のパンチの速度を落とすことができる。バッティングセンターの最大時速二〇〇キロメートルの球を打てるようになればおそらくパンチを見切れる。

うんこマン・レジェンド 33話目 相棒はピッチングマシーン

理想論を言えば薬袋のパンチを避けれるようになった方がいい。

しかしこの前の殴られ屋のようにパンチを見切るには長年の鍛錬が必要だ。

短期間ではボクサーのパンチを躱すには至らないだろう。だが反応さえできれば……防御ができる。

さらにボクサーのパンチが避けられないのは距離を詰められたらの話で腕の届かない範囲では無意味だ。

距離を詰めさせない方策はまだない。

ではパンチにどうやったら反応できるようになるか?

俺は近所のバッティングセンターに行くことにした。

ボクサーのパンチはだいたい時速四〇キロメートルだと言われている。秒速一一.一メートルくらいだ。顔面が八〇センチメートルの範囲にある場合、到達時間はおよそ〇.〇七秒。人間の反応速度は〇.〇八〜〇.一秒が限界だと言われているのでパンチに気づいた時にはもう遅い。

近所のバッティングセンターは最大時速二〇〇キロメートルの球が打てる。

ピッチングマシーンとの距離は一六メートルくらいだ。

時速二〇〇キロメートルの球速だと秒速五五.五六メートル。時速二〇〇キロメートルの球が一六メートルの距離からホームベースに到達する時間は〇.二八八秒だ。

ボクサーのパンチとは距離がある分かなり遅いが、まずはこれくらいの速度に反応できないとお話にならない。俺はこのバッティングセンターで時速二〇〇キロメートルの球を打てるようになるのを当面の目標とした。

ホームベースの横にある装置で時速二〇〇キロメートルの球が発射されるように設定する。

バットを握りしめる。来るか? と思っていたら、すでに発射されていたらしい。ホームベースのあたりを転がる第一射のボールに気づく。

球が全く見えていない。先は長そうだ。

 

 

うんこマン・レジェンド 32話目 対策なし・弱点なし

薬袋を倒す方法を考えていた。

殴られ屋曰く、薬袋は過去にスパーリングでボコボコにされて目に後遺症を負った。片方の目の視力が低下している……はずだ。だが学校の連中がいとも簡単にのされるところを見るに、おそらくボクサー同士の対決には影響するレベルの後遺症であっても、素人相手の喧嘩には充分な視力なのだろう。

結局のところボクサーレベルの身体能力に近づかなければお話にならない。が、夏休みだけの短期間でそこまで強くなる方法はない。

やはり武器が必要になる。しかしあまり卑怯すぎない武器が好ましい。卑怯すぎると薬袋の武器使用を誘発する可能性がある。

メリケンサックあたりを使われたらその瞬間に敗北は決定だ。ボクサーの拳はただでさえ凶器なのにメリケンサックを使われたら良くて内臓破裂、複雑骨折。最悪比喩ではなく死ぬ。

太刀打ちできる手段がない。武器はできれば使わないに越したことはないのだ。

武器を考える前に薬袋の弱点を洗い出すことにした。

まずタバコを吸っているのでスタミナがない。とは言っても通常のタバコを吸っている人間よりはおそらくあるだろう。

次に視力。しかしこれも素人相手なら問題にならない程度。

最後に女。よほどの女好きなのはわかるが、女に執着心がある性格ではないだろう。

正直これと言った弱点がない。どうにもならんなこれは。

 

 

 

 

うんこマン・レジェンド 31話目 いい子ちゃんのいじめっ子集団

これ以上濡れ鼠になっていても益はない。瀬元をからかうだけからかったので俺は家に退散することにした。

「じゃあな」

瀬元は答えない。泣いているのだろうか? 雨でわからない。

「……どうすればよかったと思う」

立ち去ろうとする俺の背後で瀬元がそう言った。こいつに散々いじめられていた俺としては雨音がうるさいせいで聞こえないふりをしてもよかったのだが。 

「井原にいじめの口封じを指示しなけりゃよかったんじゃねーの」

そもそも井原のご威光であの醜悪かつ滑稽な環境が成立していたと言っても過言ではない。

いじめをやっても咎める人間はいない。いじめをやった証拠すら残らない。

安全地帯からいじめることに慣れすぎていた瀬元の取り巻きは井原の口封じがなくなった時点で瀬元の言うことを聞かなくなった。

他の学校でいじめがどのように行われているか知る由はないが、おそらくいじめの主犯格の怒りの矛先が向かないように取り巻きはいじめの主犯格の顔色を伺って行動する。恐怖による支配だ。

だが瀬元の場合は井原のカリスマに依存しすぎた。取り巻きを恐怖による支配ではなく真っ当なコミュニケーションで維持していたので薬袋の出現で一気に瓦解した。変なところがいい子すぎたわけだな。

恐怖で支配していればいじめをすることにメリットがなくなってもいじめをやめない取り巻きがある程度残ったはずだ。かなり異常な奴らではあるが。

もし五人くらい残っていれば、薬袋を排除することは容易だった……多分な。

俺の一言でここまでの真意が伝わったかわからないが、瀬元は黙って聞いた。沈黙は肯定と受け取る。

さて家に帰るか。くだらない会話だった。