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執筆作業

小説を投下する場所

うんこマン・レジェンド 35話目 シャボン玉

コンマ一秒よりパンチを遅くする。足が滑って踏ん張れないなら下半身の力を拳に伝えるのは難しい。

仮に薬袋が時速四〇キロメートルのパンチを打てるとしても……腰の回転と足の踏み込みがない状態の体重が乗っていない手打ちのパンチではせいぜい時速二五キロメートルくらいが限界だろう。

時速二五キロメートルのパンチなら拳から顔面まで八〇センチメートルの範囲で到達時間はおよそ〇.一一秒。コレならギリギリ反応はできる。だがパンチを避けるにはまだ色々と訓練と工夫が足らない。

 夏休み四日目。本日は快晴なり。日課の低酸素マスクをつけての五キロメートルのランニングを終えて家に戻る。初日である五日前から完走タイムが三十秒くらい縮まっている。いい調子だ。

家に戻ったら濡らしたタオルを絞って汗でベタベタになった体を拭く。干してあるスポーツウェアを着て新しく日課になった腕立て伏せをやろうと思ったら、腕が筋肉痛で痛い。昨日バッティングセンターで百二十回もバットを振ったからか。今日は休む選択肢もあったが無理矢理腕立て伏せをすることにした。十五回でギブアップ。昨日より少ないが筋肉痛は筋肉が発達している証拠だ。プロテインを飲んでからスクワットもやろう。スクワットは六十回でギブアップ。脚の筋肉は徐々に大きくなってきている。

近所の公園に向かう。縄跳びを千回やる。連続で二百回は跳べるようになった。夏休み中には千回連続で跳べるようになるはずだ。夏休み初日に見かけた親子が公園の砂場にいた。またあの子はシャボン玉を吹いて遊んでいる。そういえば初日にシャボン玉の作り方を調べたな。界面活性剤と水を混ぜるだけだった。界面活性剤は水にも油にも溶けるものらしい。ほとんどの洗剤は界面活性剤だな。

洗剤を床に撒けば足を滑らせるだろうか? そんなことを考えながらブランコをこぐ。

そういえば界面活性剤は油にも溶けるから潤滑剤にも溶けるのだろうか?

家に帰ったら調べてみよう。

うんこマン・レジェンド 34話目 発想

第二〇球目。ようやく目が慣れてきて、球筋を追えるようになった。まだ一回もバットに当たっていないが。到達時間〇.二八八秒でも素人には早すぎる。第二一球目。バットを振る。わずかだが掠った。ボールは後ろに行ってネットに当たったが、斜め上方向に跳ねた。バットに当たった証拠だ。ほんの少しずつ見えるようになってきた。ボールとの格闘が始まった。

第百二十球目を終えて結果は……合計三十回くらい掠った。バットの芯でボールを捉えることはなかった。まぁ一日目にしては上出来ではないだろうか。

三十球二〇〇円なので百二十球で八〇〇円。

このバッティングセンターは安い方だが毎日のように来てると財布が空になるな。一日八〇〇円分打つとして残り三十七日。約三万円くらいか。学生の身としては若干キツいな。

普通の学生ならバイトを探すだろうが俺の場合は五歳頃から貯めたお年玉貯金がある。

総額は約四〇万円程度だったはずだ。過去の無欲な自分に感謝せねばなるまい。この前低酸素マスクとケトルベルを買って残高が二万円程度減ったがな。

雨なので傘をさして家に戻る。

途中の道でマンホールの上をうっかり歩いて滑って転ぶ。

膝が痛い。擦りむいたか。試しに脚を曲げたり伸ばしたりしてみたが痛くはない。捻挫はしていない。日課のトレーニングには支障はなさそうだ。

しかし雨の日はマンホールは滑る。なんでかわからないが滑る。

何か引っかかる。なんだかいい発想が浮かんだ気がした。

そうか。足元を滑らせればいいわけだ。このアイデアなら薬袋のパンチの速度を落とすことができる。バッティングセンターの最大時速二〇〇キロメートルの球を打てるようになればおそらくパンチを見切れる。

うんこマン・レジェンド 33話目 相棒はピッチングマシーン

理想論を言えば薬袋のパンチを避けれるようになった方がいい。

しかしこの前の殴られ屋のようにパンチを見切るには長年の鍛錬が必要だ。

短期間ではボクサーのパンチを躱すには至らないだろう。だが反応さえできれば……防御ができる。

さらにボクサーのパンチが避けられないのは距離を詰められたらの話で腕の届かない範囲では無意味だ。

距離を詰めさせない方策はまだない。

ではパンチにどうやったら反応できるようになるか?

俺は近所のバッティングセンターに行くことにした。

ボクサーのパンチはだいたい時速四〇キロメートルだと言われている。秒速一一.一メートルくらいだ。顔面が八〇センチメートルの範囲にある場合、到達時間はおよそ〇.〇七秒。人間の反応速度は〇.〇八〜〇.一秒が限界だと言われているのでパンチに気づいた時にはもう遅い。

近所のバッティングセンターは最大時速二〇〇キロメートルの球が打てる。

ピッチングマシーンとの距離は一六メートルくらいだ。

時速二〇〇キロメートルの球速だと秒速五五.五六メートル。時速二〇〇キロメートルの球が一六メートルの距離からホームベースに到達する時間は〇.二八八秒だ。

ボクサーのパンチとは距離がある分かなり遅いが、まずはこれくらいの速度に反応できないとお話にならない。俺はこのバッティングセンターで時速二〇〇キロメートルの球を打てるようになるのを当面の目標とした。

ホームベースの横にある装置で時速二〇〇キロメートルの球が発射されるように設定する。

バットを握りしめる。来るか? と思っていたら、すでに発射されていたらしい。ホームベースのあたりを転がる第一射のボールに気づく。

球が全く見えていない。先は長そうだ。

 

 

うんこマン・レジェンド 32話目 対策なし・弱点なし

薬袋を倒す方法を考えていた。

殴られ屋曰く、薬袋は過去にスパーリングでボコボコにされて目に後遺症を負った。片方の目の視力が低下している……はずだ。だが学校の連中がいとも簡単にのされるところを見るに、おそらくボクサー同士の対決には影響するレベルの後遺症であっても、素人相手の喧嘩には充分な視力なのだろう。

結局のところボクサーレベルの身体能力に近づかなければお話にならない。が、夏休みだけの短期間でそこまで強くなる方法はない。

やはり武器が必要になる。しかしあまり卑怯すぎない武器が好ましい。卑怯すぎると薬袋の武器使用を誘発する可能性がある。

メリケンサックあたりを使われたらその瞬間に敗北は決定だ。ボクサーの拳はただでさえ凶器なのにメリケンサックを使われたら良くて内臓破裂、複雑骨折。最悪比喩ではなく死ぬ。

太刀打ちできる手段がない。武器はできれば使わないに越したことはないのだ。

武器を考える前に薬袋の弱点を洗い出すことにした。

まずタバコを吸っているのでスタミナがない。とは言っても通常のタバコを吸っている人間よりはおそらくあるだろう。

次に視力。しかしこれも素人相手なら問題にならない程度。

最後に女。よほどの女好きなのはわかるが、女に執着心がある性格ではないだろう。

正直これと言った弱点がない。どうにもならんなこれは。

 

 

 

 

うんこマン・レジェンド 31話目 いい子ちゃんのいじめっ子集団

これ以上濡れ鼠になっていても益はない。瀬元をからかうだけからかったので俺は家に退散することにした。

「じゃあな」

瀬元は答えない。泣いているのだろうか? 雨でわからない。

「……どうすればよかったと思う」

立ち去ろうとする俺の背後で瀬元がそう言った。こいつに散々いじめられていた俺としては雨音がうるさいせいで聞こえないふりをしてもよかったのだが。 

「井原にいじめの口封じを指示しなけりゃよかったんじゃねーの」

そもそも井原のご威光であの醜悪かつ滑稽な環境が成立していたと言っても過言ではない。

いじめをやっても咎める人間はいない。いじめをやった証拠すら残らない。

安全地帯からいじめることに慣れすぎていた瀬元の取り巻きは井原の口封じがなくなった時点で瀬元の言うことを聞かなくなった。

他の学校でいじめがどのように行われているか知る由はないが、おそらくいじめの主犯格の怒りの矛先が向かないように取り巻きはいじめの主犯格の顔色を伺って行動する。恐怖による支配だ。

だが瀬元の場合は井原のカリスマに依存しすぎた。取り巻きを恐怖による支配ではなく真っ当なコミュニケーションで維持していたので薬袋の出現で一気に瓦解した。変なところがいい子すぎたわけだな。

恐怖で支配していればいじめをすることにメリットがなくなってもいじめをやめない取り巻きがある程度残ったはずだ。かなり異常な奴らではあるが。

もし五人くらい残っていれば、薬袋を排除することは容易だった……多分な。

俺の一言でここまでの真意が伝わったかわからないが、瀬元は黙って聞いた。沈黙は肯定と受け取る。

さて家に帰るか。くだらない会話だった。

 

 

うんこマン・レジェンド 30話目 井原の妊娠

夏休み三日目。朝食を食べてから、昨日届いたケトルベルのダンボールを開封する。やかんのようなデカい鉄の塊だ。十六キログラムのケトルベルの持ち手を両手で握って腰の下まで持ち上げるところまではできたが、胸のあたりまで振り上げるのは無理っぽい。

腕の筋肉が弱いせいだ。仕方ないので腕立て伏せをやることにした。腕立て伏せは二十回でギブアップ。我ながら貧弱すぎる。

脚の筋肉を鍛えるためにスクワット。五十回でギブアップ。キッツイ。

日課の5キロメートルのランニングをするために低酸素マスクをつけて外に出る。今日は曇り空。昼ごろに雨が降ってくる予報だったな。雨具を買った方がいいな。今後も台風が来る日がある。しかし雨を理由に休めない。まぁあまり強風の日はやめておいた方が身のためだが。

ランニングのペースは少し早くなった。この調子なら三日後は一分間くらい早く完走できるようになるだろう。

三キロメートルくらい走ったあたりで頬や唇に冷たい感触が。雨が降り始めた。四キロメートルのあたりでポツポツからザーザーになり、最後のあたりでザーザーが滝のような轟音になった。天気運が悪い。前が見えないくらいのすごい雨だ。家の裏手のドラッグストアの前を走って通り過ぎようとした時、ドラッグストアの駐車場に見知った人影が茫然と立ち尽くしているのに気づく。あのヤローはこの豪雨の中で一体何してるんだ……と呆れる。

同時に昨日の薬袋のことを思い出していた。

一見近づくのもヤバそうな雰囲気だが……なんとなくだがあのヤローが茫然としている理由に察しがついていたのであのヤローに話しかけることにした。

「よう。瀬元。井原の生理が止まったみたいな顔してどうしたんだ」

我ながら意地が悪い。瀬元はこちらを幽鬼のような表情で見た。今もし殴り合いになったら絶対に俺は勝てない。だが殴ってはこない確信があった。完全に心が折れた顔だからな。

「殺すぞ」

そう瀬元は言ったが怒りの感情が言葉にこもってない。ほぼ機械的な反応だ。実に素晴らしい。やはりか。

「図星か? まぁそろそろだとは思ってたけどな」

心の中でせせら嗤った。薬袋は実にクズだな。だが瀬元が不幸になって飯が美味いのはまことに素晴らしい。しかし薬袋が避妊してないのは予想済みとはいえ、夏休みが終わったらうちのクラスの女子にベビーブームが到来してないだろうなと若干不安にはなる。

 

 

 

 

 

 

 

うんこマン・レジェンド 29話目 死角

網膜がパンチの衝撃で剥がれたってことだろうか……聞いたことはある気がするがどんな感じなのか想像がつかない。

「網膜剥離はボクサーにとっては選手生命を断ち切られたのとほとんど同じだよ。今は手術があるから多少は回復するけど、ボクサーに不可欠な視力と視野の両方を失うんだ」

しかし薬袋はそこまでのハンデを背負っていながら素人には喧嘩で負ける気配がない。

「片目って言ってましたけど、どっちの目かわかります?」

うーん……と少し悩む素振りを殴られ屋は見せたが、やがて首を横に振った。

「そこまでは知らないな。俺も又聞きだし。片目だけ視力が著しく落ちたってところまでだ」

むぅ。どちらの目が薬袋の死角かわからなければあまり意味はない。でもこの情報は希少だ。感謝しなければ。

「幼馴染の女子にそれとなく話してみます。薬袋にそんな事情があったとは……デリケートな問題ですから幼馴染には本人が話すまで黙っておくように言い含めておいた方がいいっすよね……」

「まぁそうだな」

ピー! 殴られ屋のスマホのタイマーが鳴った。第三ラウンド終了の合図。

殴られ屋に「ありがとうございました」と言って、もと来た路地を引き返して表通りに出た。

表通りに出るとラブホ街である。ふと道の反対側を見るとさっきまで話題にしていた男の姿があった。

薬袋衛吉。俺の血便の原因。

女を連れて歩いている。俺の学校の女子だろうか? 化粧でよくわからない。

ラブホテルに入っていった。清々しいくらいのモテっぷりだな、吐き気がする。

俺はラブホ街を出て駅の方に向かった。今日得た情報は有効に使わねば。どう使えば最も効果的か。

俺は思索を巡らせた。夏休みはまだ二日目だ。考える時間は山ほどある。